アドニスたちの庭にて

    “無自覚の功罪?”

 
思えば、正式な役員職どころか執行部員でもないっていうのに、
そういう立場の人たちよりも長いめな、
ほぼ3年という長きに渡り、
この小さな洋館に出入りして来たのだなとしみじみ思う。



       ◇◇


閑静なお屋敷町の山の手、坂の上。
系列の初等科や中等部の学舎の居並ぶ、
も少し上がったところに位置するのが、白騎士学園高等部であり。
様々な施設が散らばる広大な敷地の奥向き、
片側にポプラの寄り添う、二階建てのその館は、
創立期に既にあったという長命な建物でもあって。
当初は美術だか吹奏楽だかの、特別棟として使われていたものが。
いつしか、この高等部の代々の生徒会の主幹を担う、
幹部役員の執務棟という特別な場所となったのだそうで。
様々な催しへ立ち上げられる執行委員会を手足とし、
滞りなく遺漏なく準備を進め、
それは卒のない采配を下して、重畳な結果を導いて来た、
そんな指導者集団は、
その時々の学内で勇名馳せる方々が支えておいでだった訳で。
殊に、昨年、現在の生徒会へ全権を委譲した先代生徒会は、
史上最強の生徒会として、長々とその名を残そうぞと、
すでに今から言われているほどで。
今の生徒会はそんな伝説様のすぐ後を担うこととなることから、
ある意味、立派な“貧乏くじ”を引かされるようなもの…と思われたか、
なかなか立候補者が現れなかったくらい。

 「そういうプレッシャーは、引き継ぎの最中からもあったけどな。」

むしろ、いちいち
“先代と比べるのは気の毒だ”なんて、
そんな気遣いされる方がムカついたほどだったと。
現生徒会を仕切る 甲斐谷 陸くんが、
やれやれということか、
相変わらずに小さめの肩をひょいと竦めて見せる。

 「プレッシャーにやられた会長は早々とリタイアしてくれやがるしよ。」
 「それで、怒りっぽいお顔ばっか、してたわけ?」
 「そんなんじゃねぇよっ。」

桜庭先輩の、あの無敵の“にこぉvv”にやられたと、
いまだに時々ぶつくさ言ってる彼だけど。
統合や采配という“監督業”は苦手と言いつつ、
その手腕はなかなかに大したもので、

 「大体よ、俺だって部のほうも忙しいんだってのに、
  こういう、気が回りゃあ回るほど、
  どこまでも無限にやることのある仕事なんざ、
  引き受けるつもりなんてなかったんだのにな。」

本当は気が乗らなんだ“役員職”へ就いたのだって、
先代の辣腕生徒会長から どうしてもと打診されたからであり。

 「セナほど頼り
(アテ)になるアシスタントがいなきゃあ、
  実際引き受けやしなかったし。」

その折
“だったら こいつも付けてくれますか?”と言ったことから、
生徒会のオプション扱いが彼らの当選より先に決まった、
こちら様も異例中の異例な存在だったのが。
怒りの生徒会なんていう、微妙なあだ名で呼ばれてもいる、
気の短い副会長様のお傍づき。
先の生徒会もお手伝いしていて“要領”というものに長けていることから、
それを引き継いだ現生徒会の補佐役も務める運びとなってしまい。
先のスーパーな生徒会の皆々様が、
前例のない2年という“二期”を務められたの以上の期間を、
お付き合いすることとなったのが、小早川瀬那くんという三年生で。
彼が一年のとき、既に生徒会を背負っていらした皆様に誘われる格好で、
お手伝いをするようになったセナとしては。
気がつけば部活の代わりであるかのように、
授業がない長期休暇の最中でも、此処へは足を運んだほど、
それは馴染み深い場所であり、充実していた期間でもあり。
此処で迎えるのは3度目になる夏の象徴、
青々とした葉を揺らす、ポプラの木洩れ陽を眩しげに見やりつつ、

 「部活動もちゃんと両立させてられるなんて、そっちの方が凄いよ。」

ボクなんて さしてお役にも立ってないのにと、
くすすと微笑ったお顔は、相変わらずに童顔ではあるが。

 “そうは言うけど、さ。”

そんな柔和な彼の存在には、
陸も冗談抜きに山ほど助けていただいた。

 “居るだけで力になるなんて凄げぇって。”

新規の会長は、就任最初の仕事が、
秋の一大イベント“白騎士祭”の采配であり。
一応は前任の皆様が補佐についてくださっての、
言わば後見つきで手掛ける統括で。
今になって判ったが、
前任の主幹らの手慣れた手腕でなけりゃあ、
とてもとても余裕を持ってなんてこなせぬ大仕事。
だがだが、そこまで気づかぬ新米の役員らは、
何もかもを既に引退なさった方々に頼る格好になるものだから、
滞りなく運べばいいが、場合によっちゃあ結構へこむ。
前任の生徒会を2年も傍にいて見て来たセナを、
傍らに居残してほしいなんて、
言わなきゃよかったとまで思ったほどだが、
差し出がましい口も利かず、ご機嫌伺いもせず。
でも、見放す事なく ただただじっと傍に居てくれたのが。
負けん気の強い陸には、
丁度いい温みでの励ましだったし、
早く立ち直れよという自分への叱咤にもなったから。

 「……で、まだ八月なのに、何で学校に集合がかかったの?」
 「執行部の連絡係からの伝達があってさ。」

  白騎士祭りの演目が、まだ決まっとらんグループがいるんだと。
  ええー?

 「だって、舞台や出店や模擬店用の特別教室の配分は一学期中に…、」
 「ああ。一応は“教室展示”ってことで申し込んでた連中で、
  アンプや投影機のいる演奏系とか、
  ビデオ上映でもないってところまでは詰めてたらしいんだが。」

最初は輪ゴム鉄砲で遊べる射的とか言ってたらしいのが、
お化けに扮した生徒を狙い撃ちする、
サファリっぽいお化け屋敷に変更したとか言い出して。

 「うあ。それは…アイデアものじゃああるけど…。」
 「暗幕使う迷路ものは、客の入りがいいとか思ったらしいが、
  準備がなかなか進まねぇらしくてよ。」

撃たれる役の割り振りも含めたルールとか設定とか、
ちゃんと報告書にまとめて提出しろと言ったのに、
何とも言って来ねぇまま、夏休みに入っちまって。
しかも再三こっちから問い合わせてんのに、
代表は総体に出ていて連絡が取れねぇとか、

 「何だかんだ言って逃げ回りやがってよっ!」
 「………副会長、落ち着いて。」

セナへと説明しながら向かっ腹が立って来たらしく、
机の上へと片足踏み出しての、どうしてくれようかと吠えたのを、
副官、もとえ、書記長さんが どうどうどうと宥めて差し上げ。

 「その責任者、クラスの委員長を今日は呼び出してあるのですよ。」
 「あ、そうなんだ。」

電話やメールじゃあ埒が明かないからって、
来なけりゃあ参加権からして没収だとの脅し半分、
絶対来いよと…言い方はもう少し穏便なそれだったが、
そういう意図を込めての呼び出しをかけたので。

 「ま、俺としちゃあ来なくてもいいんだがな。」
 「りく〜。」

そんな我儘で計画性のない連中に、これ以上付き合い切れるかとのご立腹。
気持ちは判らなくもないけれど、
いろんな生徒がいるのもまた、個性尊重の校風からすりゃ、
仕方がないという部分もあったりし。

 「どんなお話しをするにしても、気持ちを落ち着けなきゃね。」

ボク、お茶を淹れてくるからと、
戸棚から紅茶用の陶器のポットを取り出すと、
執務室のある二階の真下、一階の給湯室へと出てゆくセナくんであり。
私が…と身を乗り出しかかった、
書記長さんを制しての素振りを見送って……数分。

 「相変わらずに、真面目で誠実な人ですよね。」
 「そこが良いんだよ。」

ほうと吐息をついた現生徒会 副会長殿、
すぐ傍らに立っていた書記長さんへ苦笑を見せる。

 「そもそも、桜庭さんの率いてた生徒会には、
  凄腕の根回し上手や、斥候専任の黒子さんがいたその上に、
  あの“天然天使”まで居たんだ。
  最強の布陣にならんでどうするかってな。」

桜庭さんの人柄や、進さんの押し出しのよさもあったけど、
高美さんの完璧なフォロー、蛭魔さんの情報と工作も途轍もなく威力があったんだし、

 “運動部なんかにセナのシンパシィが案外と多くて、
  困り顔をさせたかないだろと仄めかすだけで、
  何かと逆らう“うるさがた”を結構陥落させられたっていうしな。”

わざわざ桜庭さんや蛭魔さんに聞かずとも、
そのっくらいは察しがついてた甲斐谷くんとしましては、
それもあっての“セナくんが残ってくれるなら”という条件を出したようなもの。
でも今は、狡いことをしちゃったなと、
微妙に反省してもいる。

  “そんな義理も義務もないのにな。”

自分たちが覚束無い出だしを始めた頃からのずっと、
セナの大切な人、進さんと過ごす時間まで、
もしかせずとも削らせたんじゃあなかろうか。
あちらも忙しい人だからと、
それでもセナさえ身が空いておれば連絡できたかも知れなかった日も、
もしかして、たくさんあったんじゃあなかろうか。

 「………副会長?」
 「うん、何でもないよ。」

新学期が始まったら、セナにはたっぷり休んでもらわにゃな。
でないと俺らの、それこそ甲斐性が問われる…と。
先程どんっとその足を乗っけてた机へ、肘をついてのほお杖ついて、
一際小柄な副会長殿が、感慨深げに眺めやった先では、
それほどに吹く風があるものか、
まだまだ濃密な青を染ませた空を背景に、
ざわわと乾いた音を立て、
ポプラの葉が揉み合うようになっての揺れているばかり……。




   〜Fine〜  2010.08.26.


  *お久し振りの“アドニス”です。
   高校生編の、しかもこの時期だと
   大学の まだ一回生の進さん、時間は空いてると思うのですが、
   セナくんからの連絡が入らぬ限り、
   忙しいのかもとか思ってそうで歯痒いですねぇ。
   いい加減、高見さんとか蛭魔さんとかが尻を叩かんと。
(苦笑)


ご感想はこちらへvv***

戻る